
婚姻に関する制度が変わるのを待たなくても、今日から効力を持つ書面が5つあります。遺言書、任意後見契約、死後事務委任契約、パートナーシップ合意契約、そして医療に関する意思表示です。いずれも現行法のなかで効力が認められており、財産、判断能力の低下、死後の手続き、関係の証明、入院の場面をそれぞれ受け持ちます。
一方で、税制上の取扱いや在留資格のように、契約では届かない領域も残ります。何が届いて何が届かないかを分けて把握しておくと、優先順位を決めやすくなります。
※2026年9月現在の情報です。税務や在留資格の個別の判断は、それぞれの専門家にご確認ください。
5つの書面が、それぞれ別の場面に効く

5つは目的が重なっておらず、どれか1つで他を兼ねることはできません。場面と書面を対応させると、自分たちに足りないものが見えてきます。
| 書面 | 効く場面 | 効力の根拠 |
|---|---|---|
| 遺言書 | 財産をパートナーに渡す | 民法の遺贈に関する規定 |
| 任意後見契約 | 判断能力が低下したときの財産管理 | 任意後見契約に関する法律 |
| 死後事務委任契約 | 葬儀、行政への届出、住居の明渡し | 民法の委任に関する規定 |
| パートナーシップ合意契約 | 二人の関係と取り決めを示す | 契約自由の原則 |
| 医療に関する意思表示 | 入院、手術、病状説明の場面 | 個人情報保護法と医療のガイダンス |
このうち、何も準備しない場合にいちばん損失が大きいのは遺言書です。パートナーは法定相続人にならないため、遺言がなければ財産は親や兄弟姉妹へ渡ります。
遺言書:相続権がない以上、これがなければ何も渡らない
民法第889条により、子がいない場合は直系尊属である親が相続人となり、親がいなければ兄弟姉妹が相続人になります。パートナーはこの順位のいずれにも入りません。
根拠:民法(e-Gov法令検索)第889条
遺言書があれば、法定相続人でないパートナーに財産を渡せます。公正証書遺言にすれば形式の不備が生じず、原本が公証役場に保管されます。自筆で書く場合も、法務局の保管制度を使えば申請1件につき3,900円で預けられ、紛失や改ざんを防げます。
保管制度には、亡くなった後に指定した人へ遺言書が保管されている旨を知らせる指定者通知があります。親族を経由せずにパートナーへ直接伝えられるため、家族との関係が難しい場合に有効な仕組みです。
親が健在であれば遺留分の問題が残ります。直系尊属のみが相続人である場合の遺留分は3分の1で、この部分について金銭の請求を受ける可能性があります。詳しくは親の遺留分は3分の1|パートナーへの遺贈が削られるをご覧ください。
任意後見契約:親の申立てより自分たちの選択を優先させる
判断能力が低下したとき、家庭裁判所に後見開始の審判を申し立てられるのは本人、配偶者、四親等内の親族などです。パートナーはこの中に含まれず、親が申し立てて親族が後見人に選ばれれば、財産管理に親が関与する状態になります。
任意後見契約を結んでおけば、この順序が変わります。任意後見契約に関する法律第10条第1項は、任意後見契約が登記されている場合には、家庭裁判所は本人の利益のため特に必要があると認めるときに限り後見開始の審判等をすることができると定めています。
根拠:任意後見契約に関する法律(e-Gov法令検索)第10条第1項
契約は法務省令で定める様式の公正証書で作る必要があり、登記されます。この登記の存在が、後から申立てがあったときの備えとして働きます。
死後事務委任契約:葬儀と住まいの整理を任せる
亡くなった後には、葬儀、火葬、行政への届出、住居の明渡し、契約の解約といった事務が発生します。これらを行う人が決まっていなければ、病院や賃貸人は親族を探すことになります。
死後事務委任契約を結んでおけば、パートナーがこれらを担えます。委任する事務を具体的に列挙し、費用の預け方と精算方法まで定めておくのが実務上の要点です。公正証書にしておくと、相手方への説明が容易になります。
注意したいのは、この契約では財産の行き先までは決められない点です。葬儀を任せることと、財産を渡すことは別なので、遺言書とセットで準備してください。
パートナーシップ合意契約:関係を示す書面を持っておく
二人の関係、生活費の分担、財産の扱い、関係を解消する場合の取り決めなどを契約として明文化するものです。公正証書にすれば、第三者に関係を説明する場面で提示できます。
病院の窓口、不動産会社、保険会社など、二人の関係を確認しようとする相手は少なくありません。自治体の宣誓制度の受領証とあわせて提示すれば、説明の負担はさらに軽くなります。名古屋市の制度については名古屋市ファミリーシップ制度の申請手順と必要書類で扱っています。
効力が及ぶのは契約の当事者である二人の間だけであり、第三者に何かを強制する力はありません。それでも、関係を疑われる場面で書面があるかないかの差は小さくありません。
医療に関する意思表示:病状説明と面会の場面に効く
医療機関が家族等に病状を説明する行為は、個人データの第三者提供にあたります。個人情報保護法第27条第1項は、あらかじめ本人の同意を得ないで個人データを第三者に提供してはならないと定めています。
根拠:個人情報の保護に関する法律(e-Gov法令検索)第27条第1項
国のガイダンスは、患者が利用目的の中で同意しがたいものがある場合には、あらかじめ本人の明確な同意を得るよう医療機関等に求めることができるとし、本人が拒否した場合には医療機関等は本人の意思に応じた対応を行う必要があるとしています。逆に言えば、パートナーへの説明を望む意思を示しておけば、それにもとづいた対応を求められます。
根拠:個人情報保護委員会・厚生労働省「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス」
書面には、病状説明を受ける人としてパートナーを指定する旨、緊急連絡先、延命治療についての希望を記載します。保険証と一緒に携帯しておけば、救急搬送されたときにも伝わります。
手術への同意については、同性パートナーは手術同意できる?医療同意権の正しい理解で詳しく整理しています。
書面でも届かない範囲を知っておく

契約と書面で守れる範囲は広い一方、婚姻の効果として法律が定めている部分には届きません。期待と実際の差を埋めておくと、判断を誤らずに済みます。
| 書面で対応できる | 書面では対応できない |
|---|---|
| 財産をパートナーに渡す | 配偶者控除などの税制上の取扱い |
| 判断能力低下後の財産管理を任せる | 相続税の配偶者の税額軽減 |
| 葬儀や行政手続きを任せる | 在留資格の「日本人の配偶者等」 |
| 関係を第三者に示す | 法定相続人としての地位 |
税制上の取扱いについては、相続税法上もパートナーは一親等の血族及び配偶者以外の者にあたるため、遺贈で財産を受け取ると相続税額が2割加算されます。養子縁組を選べばこの加算は生じませんが、戸籍や親族関係への影響が大きいため、慎重な検討が必要です。
これらの制度がどう変わるかは、最高裁の判断と国会の対応次第です。訴訟の現在地は同性婚訴訟が最高裁大法廷へ|2026年の状況にまとめています。
どこから手をつけるか
5つを一度にそろえる必要はありません。暮らしの状況によって、効果が大きいものから始めてください。
- 持ち家やまとまった財産がある:遺言書を最優先にします。準備がなければ何も渡らないためです。
- 賃貸で二人暮らしをしている:死後事務委任契約を先に作り、住居の明渡しと残置物の整理を任せられる状態にします。
- 持病がある、入院の可能性がある:医療に関する意思表示を書面にし、保険証と一緒に携帯します。
- いずれも当面の予定がない:パートナーシップ合意契約と自治体の宣誓制度から始め、関係を示せる状態を作ります。
費用と手続きの実際は同性カップルの公正証書4点セット|費用と手順にまとめています。公証役場に支払う手数料は政令で定められているため、事前に見積もりを立てられます。
よくある質問
宣誓制度の受領証があれば、これらの書面は不要ですか。
宣誓制度に法律上の効力はなく、相続権が生じることも、医療同意ができるようになることもありません。行政サービスの利用や関係の説明には役立つため、書面による備えと併用する位置づけになります。
手書きの覚書でも効力はありますか。
遺言書は自筆証書遺言として要件を満たせば有効です。契約も当事者の合意があれば成立しますが、第三者に示す場面では公正証書のほうが説明の負担が軽くなります。任意後見契約だけは、公正証書でなければ効力が生じません。
法制度が変わったら、作った書面は無駄になりますか。
遺言書はいつでも書き直せ、契約も合意により変更・解除できます。制度が変わるまでの期間を守る手当てとして作るものなので、その後の変更を前提に考えて差し支えありません。
相手に負担をかけたくないので、最低限にしたいのですが。
遺言書と医療に関する意思表示の2つが、費用対効果の点で優先度が高くなります。自筆証書遺言の保管制度は3,900円で利用でき、医療の意思表示は自分で作成できるため、費用を抑えて備えを始められます。
まとめ

制度の変更を待たなくても、遺言書、任意後見契約、死後事務委任契約、パートナーシップ合意契約、医療に関する意思表示は現行法のなかで効力を持ちます。財産、判断能力の低下、死後の手続き、関係の証明、入院という5つの場面を、それぞれ別の書面が受け持ちます。
一方で、配偶者控除などの税制上の取扱いや在留資格については、契約では届きません。届く範囲と届かない範囲を切り分けたうえで、財産があるなら遺言書から、賃貸暮らしなら死後事務委任契約から、持病があるなら医療の意思表示から始めてください。手をつけた分だけ、守れる範囲は確実に広がります。
